「なんかさ、うちって普通の家じゃないよね」
と、私の心のモヤモヤが夕食の準備をしていた母に向けて出た時、母はこう応えた。
「普通の家ってなんね?普通とかないとよ。みんななんか事情があるとよ」
母が離婚した
母は2度離婚した。私はその間で育った。
離婚したてで大変だった頃、私は半年ほど母の姉の家に預けられた。
2歳だった私は、2人のお兄ちゃんに可愛がられ、母の姉を「母さん」、母の姉の夫を「父さん」と呼ぶようになった。母のことは「ママ」と呼んでいたから差し支えなかった。笑。
毎日の保育園の送り迎えはじいちゃんで、面倒見のいいじいちゃんは保育園でも人気者。自慢のじいちゃんだった。
どこからどこまでが家族なのかよく分からなかったけど、みんな大好きで幸せだった。
ママ、にいちゃん、じいちゃん、ばあちゃん、父さん、母さん、〇〇にいちゃん、◼️◼️にいちゃん、がとても近くて、他の親戚もいとこもたくさんいたので楽しかった。
保育園で『父の日』に描くお父さんの顔は、少し悩んで禿頭のじいちゃんにした。笑。
母は、ひとりで立ち上がった
私が2歳のとき、母は離婚した。
母は実家に戻り、兄と私の世話を祖父母に任せ就職した。しばらくして、親戚の紹介でフランチャイズの弁当屋を始めた。負けん気の強い母はがむしゃらに働いて商売は軌道に乗った。
兄と私が小学生になって、実家近くの賃貸アパートに引っ越した。
いつまでも実家に頼りたくなかったのかもしれない。仕事をしながら子供を育てるのは大変で、夜ご飯はお金だけ置いてある日も多かった。
母が再婚した
私が小学4年の春、母は再婚した。35歳だった。私は苗字が変わり、小学6年の夏、弟が生まれた。
兄と私に父ができた。
仲良くなれた、気がしたけど、そうでもなかった。笑。
商売が上手くいった母が新しくマンションを買って、5人で引っ越した。
いろいろあって、いろいろ揉めて、私が高校2年の頃に母はまた離婚した。
離婚後の母は、スッキリしていた。笑。
みんな、それぞれの事情で生きている
大人になった今、周りを見渡すとよくわかる。
結婚してない友人、シングルマザーで頑張っている友人、事情があって子供を持たない選択をした人もいる。再婚して新しい家族の形を見つけた人もいる。血のつながらない人と家族になった人もいる。
「普通の家庭」なんて、探せば探すほど見つからない。みんながそれぞれの事情と折り合いをつけながら、自分たちなりの形で生きている。
まとめ
あの日の母の言葉は、今も私の中に生きている。
誰かの「普通」と比べなくていい。自分の家族の形を、恥じなくていい。転んでも、また立てばいい。
それぞれが、それぞれの事情の中で精一杯やっている。それだけのことだ。
あなたの家族も、きっと、それでいい。

コメント